コールセンターにおけるエージェントの勤務スケジュールの策定は、一般的な職場における、単なる勤務予定表の作成とは大きく異なります。 前回までに、コールセンターの業務量を予測し、それに見合った最適なエージェント数の算出法を解説してきましたが、どんなに精緻な計算をおこなっても、実際に、必要なエージェント数を計画通りに配置できなければ意味がありません。わずか1人の違いでも、顧客サービスやコストに大きな差が生じてしまうからです(こちらの記事で説明しています)。 しかし、1日の中で不規則に変動する業務量に必要なエージェント数を、計算通りに完ぺきに配置するのは不可能であり、どうしても多少の不足や余剰が生じてしまいます。 この不足や余剰をできるだけ最小化して効率的な人員配置をおこない、その結果、設定したサービスレベルの目標を達成することが求められます。 この記事では、そのために必要な考え方や方法論について解説します。 ◆ エージェントのスケジューリングに戦略性が必要なわけ コールセンターには、さまざまな「ステークホルダー」(利害関係者)が関わっています。その代表格が、「顧客」「企業」「エージェント」であり、彼らはコールセンターに対して三者三様の要求をしてきます。 「顧客」は、手厚いサービスと質の高い顧客経験を望みます。具体的には、電話が必ずつながる、すぐにつながる、いつでもつながる、1回のコンタクトで質の高い回答が迅速に得られるといったことです。 これらの要求に応えるためには、スケジューリングの視点から、コールセンターは「訓練された質の高いエージェントを、いつでも十分な人数配置する」ことが必要となります。 「企業」は、利益の最大化のために、リソースの効率的な利用によるコストの最小化を求めます。言い換えれば、コールセンターのコストの70%を占めるエージェントの人数を必要最小限に留めよということです。 「エージェント」は、働きやすさと働きがいを求めます。 ここ数年来、エージェントのコールセンターでの勤務を促進する要因として、「スケジュール」「報酬」「休日休暇」「トレーニング」が上位を占めることが明らかになっています。これらが自分の希望通りに、あるいは手厚く提供されるか否かで、採用、定着、離職、勤怠に強く影響するということです。 このように、ステークホルダーの要求は多様であると同時に、相反するものも多くあり、それがスケジューリングの難しいところです。 また、その要求やニーズは、企業やコールセンターによって異なります。 単にエージェント数は少ない方が良い、サービス品質の低下はあり得ないというだけでなく、企業やコールセンターの、その時々の方針や事情によっては、エージェントの増員やサービスレベル目標を下げるなど、逆の施策を選択することもあるということです。 そうしたステークホルダーの要求やニーズのバランスを上手く取って、いかに最大限の成果を得るかといったところに、戦略的思考が求められるのです。 ◆ スケジューリングの方針を明確にする スケジュールの策定にあたっては、まずは、明確な方針を示すことが必須です。 とは言え、ステークホルダーの相反する要求やニーズのバランスを上手くとるのは、決して簡単なことではありません。したがって、現実的には、調整というよりも「優先順位」を明確にして、社内のステークホルダーの合意を得ることになります。 それとともに必ず押さえておくべきは、コールセンターのスケジューリング施策に関連する法制度や社内規定などです。明確に制度化されていなくても、社内の慣習なども要チェックです。これらは、ステークホルダーのどのような要求やニーズにも優先されるからです。 このようにして優先順位をつける=方針が明確になれば、それに応じたサービスレベル目標を設定します。 それによって、必要なエージェント数やその割り振りなど、スケジューリングの骨格が決まってくるからです。 ◆ スケジュールの基本形を策定する 明確にしたスケジューリングの方針に基づき、どのように必要なエージェント数をカバーするかという、スケジュールの基本形を策定します。 その作業を図1の「スケジュール・マッピング」を用いて説明します。 スケジュール・マッピングとは、予測したコール数に対する必要なエージェント数をカバーするために、エージェントの勤務シフトを当てはめていくプロセスを模式的に表したものです。 この作業をおこなうために重要な要素が、「ソーシング・オプション」と「シュリンケージ」です。 ソーシング・オプションとは、エージェントとして利用する人財ソースの選択肢のことです。時間帯ごとのコール数が、1日を通じて恒常的に発生するものか、特定の時間帯に増加するものかを見極め、それに合わせて、「正社員」「契約社員」「派遣社員」「業務委託」「在宅勤務」といった雇用形態や勤務形態のどれを使うかを選択します。 シュリンケージとは、エージェントが、その“本業”である顧客コンタクト業務以外に費やす時間のことで、ミーティング、トレーニング、休暇、欠勤などです(詳しくは第7回の記事を参照)。 図1の、勤務シフトの枠が必要なエージェント数よりはみ出している部分が、それにあたります。 図1の事例では、勤務シフトを時間の長さによってA・B・Cの3つに分けています。コールが恒常的に発生するAのシフトは、フルタイム勤務の正社員や契約社員を配置しています。時間帯によってコール数が変化するBのシフトでは、短時間勤務の契約社員や派遣社員、一時的にコールが集中するCのシフトでは業務委託(アウトソース)や社内のSWATチーム(臨時に受電をサポートする社員)の配置を想定しています。 この事例では、必要なエージェント数と配置する人数がほぼ一致しており、シュリンケージが少なくなっています。つまり、このコールセンターは、ミーティングやトレーニングが少なくて済む、単純定型型のオペレーションであると考えられます。 一方、高度な専門性を要求されるコールセンターでは、恒常的にトレーニングに多くの時間を費やす必要があります。そのために、Bのシフトにフルタイム勤務の正社員や契約社員を配置して、シュリンケージを意図的に増やします。 Cのシフトについては、突出したコール数が、“あくまでも一時的な現象に過ぎない”と考える場合は、業務委託やSWATチームなど臨時的な人財ソースで凌ぎますが、たびたび発生することが予想される場合は、短時間勤務の契約社員や派遣社員を配置することになります。 また、図1では、すべてのコール数および必要なエージェント数をカバーしていますが、BやCのシフトにおけるコール数の増加部分の一部が、現有の人員ではカバーしきれない(エージェントを配置できない)場合があります。 その場合、増加するコール数が一時的と判断する場合は、意図してエージェントを配置しません(あきらめるということです)が、そうでない場合は、業務委託やSWATチームで凌ぐことを考えます。例えば、一時的に増加するコールを自社のセンターでは受けきれない場合、あふれたコールをアウトソーサーに転送するといったやり方です。 ちなみに、このように、自社とアウトソーサーが同じコールを受ける場合は、その運営の仕方次第で「偽装請負」(労働者派遣と業務委託の混同による労働者派遣法違反の状態)に問われるリスクがありますので、十分な注意が必要です。 ◆ スケジューリングの時間単位と作成サイクル コールセンターのスケジュールは、通常15分単位で作成します。これは、休憩時間やミーティングなど、コールセンターのスケジューリングの最小単位が15分であることに起因します。 エージェントのスケジュールを作成する頻度やタイミングも重要です。エージェントは、できるだけ早くスケジュールが作成され、自分の希望する時に働き、あるいは休暇がとれることを望みます。 一方、コールセンターの管理者は、できるだけギリギリのタイミングでスケジュールを作りたいと考えます。その方が精度の高いスケジューリングができ、サービスレベル目標の達成の可能性が高まるからです。 両者のニーズを勘案すると、遅くとも1カ月前までにはスケジュールを確定させることが必要でしょう。多くのコールセンターは、業務量の予測や人員計画、予算等の見直しを1カ月単位でおこなうことが多いので、それに合わせてエージェントのスケジューリングをすることは合理的です。 なお、旅行の予約などが数カ月から半年前が当たり前になっている現状では、上記とは別に、休暇の申請・承認方法やタイミングなどに工夫を凝らすことも必要でしょう。 さらに、一旦スケジュールが確定した後の変更の要望に柔軟に対応できることも非常に重要です。日常的に発生するさまざまな“事情”を受け入れられる仕組みや態勢を整えておくことも、エージェントの「働きやすさ」をサポートするために絶対不可欠です。 ◆ 「スケジューリング・オプション」と「エージェント・プリファランス」でスケジューリングの柔軟性を高める 以上のようなプロセスを経て作られるエージェント・スケジュールですが、それだけでは、日常的に発生するさまざまな想定外の事態のすべてをカバーできません。 そこで、不測の状況に柔軟に対応できるよう、「スケジューリング・オプション」(スケジューリングに柔軟性を持たせるためのさまざまな選択肢)を活用します。 ここでは、すでに欧米のコールセンターで多く活用されているスケジューリング・オプションの事例を紹介します。 ● フレックスシフト: 業務量の変化やエージェント個人の都合に合わせた変則勤務。例えば、1週間のうち数日に集中して長時間勤務をおこない、残りの数日は短時間勤務で調整するなど。 ● スプリットシフト: 1日のシフトを複数回に分割。午前中に2時間勤務し、いったん帰宅して午後再度出勤して3時間勤務するなど。 ● アニュアライズド・ワーキングアワー: 年間総時間制勤務。年間の総時間で勤務時間を契約。時季の繁閑に応じて、柔軟な勤務時間を都度設定。 ● LWOP: 無給休暇。Leave without Payの略。オーバースタッフィングの状態を緩和するために、希望者の帰宅を奨励。 ● ブレイク/バケーションチケット: 休憩/休暇チケット。エージェントが、スケジュール表に指定された時間とは別の好きな時に休憩や休暇を取得できる。成績優秀者や表彰制度のインセンティブとして発行。 ● SWATチーム: コールセンターの管理者や、他部署の従業員から募った緊急時受電サポートチーム。Sometime We Also Take a Callの略で、警察の特殊部隊のことではない。 日本企業の場合、これらの導入例は稀ですが、世界250超のコールセンターを対象とした最新の調査では、65.5%のセンターが、すでにLWOPを導入しています。同様に、58.2%がフレックスシフトを、35.1%がアニュアライズド・ワーキングアワーを導入済です。 また、スケジューリング・オプションとともに、エージェントの「働きやすさ」や「働きがい」を高めるための施策として、「エージェント・プリファランス」が重要視されています。 エージェント・プリファランスとは、エージェントの個人的なニーズや事情をスケジュールに反映することと、スケジュールの策定にエージェント自身を参加、あるいは全面的にエージェントに任せることの2つの意味を持ちます。 具体的にはさまざまなアイデアがありますが、諸外国ではすでに多くのコールセンターに導入されているのが以下の2つです。 ● スケジュールスワッピング: スケジュール交換。エージェント同士で、勤務シフト、休憩、休暇を交換。 ● シフトビディング: シフト入札制度。管理者が策定したスケジュールから、エージェントが好みのシフトを入札して選択できる仕組み。 これらは、今後のエージェント・スケジューリングの主流になると目されており、すでに、そのためのソリューションやアプリが多く開発されているほどです。 ◆ エージェントの「働き方改革」を! スケジューリング・オプションやエージェント・プリファランスに見られるように、諸外国のコールセンターでは、新しいスケジューリング施策の導入が進んでいます。 一方、日本企業がこれらの施策を導入するためには、コールセンター独自の制度設計が必要となりますが、旧態依然の硬直的な労働慣行や社内外の諸制度、さらには社内のバランスを優先する意識が、その妨げとなって、なかなか前に進みません。 しかし、このままでは、厳しさを増す採用難や、報酬よりも働きやすさを優先するエージェントの意識の変化について行けず、コールセンターの運営は苦しくなるばかりです。 そんな状況を打ち破るためにも、新しい施策の導入を進め、エージェントの「働き方改革」を推進することが求められています。 Original: 2019年11月27日 - Last modified: 2022年1月14日
この記事はNTTコミュニケーションズ社が運営するビジネスマガジンサイト「Bizコンパス」(現在は非公開)に、「AI時代を生き抜く「本物」のコールセンター運営法」として連載した寄稿を、同社の許諾により転載したものです。なお、同サイトへの掲載時点とは異なる情報や文言表記について、オリジナルの内容を損なわない範囲で更新している場合があります。
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