コール数や平均処理時間など業務量の予測は、コールセンターのすべての活動の起点となる、極めて重要なタスクです。それにもかかわらず、日本ではその手法や方法論が確立されておらず、多くのセンターが“勘と経験”に頼った自己流の方法で済ませているという現実があります。 もちろんそれで良いはずがありません。統計理論に基づいた科学的な方法による正確な予測をおこない、質の高いセンター運営に努める必要があることは言うまでもありません。 統計理論に基づいた予測手法にはさまざまなものがありますが、現在、世界の先進のコールセンターで使われている代表的な手法が、「回帰分析」と「統計関数」そして「時系列分析」です。 いずれも「ヒストリカルデータ」(過去の実績)を用いて統計的に将来を予測し、それに「ビジネスドライバー」(将来の変動要因)を加味して精度の高い予測業務量を算出します(ヒストリカルデータとビジネスドライバーについては前回の記事で詳述しています)。 この記事では「コール数」をメインに解説しますが、その手法は、電話に限らず、Eメール、ライブチャット、SNSなど、異なるチャネルや平均処理時間などの予測にも等しく使えます。 ◆ 「回帰分析」と「統計関数」 「回帰分析」とは、例えば通信販売の受注センターであれば、「カタログ発行部数」や「通販会員数」など、コール数と相関関係の強い(コール数の増減に強い影響がある)データを用いて予測する手法です。 回帰分析を教科書通りにおこなうには統計学の専門的な知識が必要ですが、Excelに備わる「回帰分析」ツールと「統計関数」を利用することで、誰でも容易に実践できます。 以下では、3つのステップからなる、その方法について、通販受注センターの例を使って説明します。 (1) コール数に相関関係がありそうなデータを選択する: 通販の受注センターのコール数に相関関係がありそうな要因として「カタログ発行部数」と「通販会員数」を選択し、そのヒストリカルデータ(表1)を用意します。 (2) 相関性を確認する:(1)で選択した「カタログ発行部数」と「通販会員数」が、本当にコール数と相関関係があるのか、その度合い(影響度や強さ)をExcelの「回帰分析」ツールを使って確認します。 - 「回帰分析」ツールは、Excelの「データ」タブ内の「分析」グループにある「データ分析」をクリックすると表示されます(※「データ分析」が表示されていない場合は、マイクロソフトのサポートページを参照)。 - 表示された「回帰分析」ツールに、表1のヒストリカルデータを、こちらの解説ページにしたがって入力し実行します。 - 「回帰分析」の結果が表2のように出力されます。この表を理解するには専門知識が必要ですが、相関性は表2の下部にある「t値」を確認するだけです。 - 「t値」は、「カタログ発行部数」と「通販会員数」のコール数に対する影響度の大きさをあらわし、その値(絶対値)が「2」より大きければコール数に強い影響があり、予測に使えるデータであることを示します。表2の例では、両者とも「2」を上回っているので、コール数の予測に使えることが確認されました。 (3) 「統計関数」を使ってコール数を予測する: 「カタログ発行部数」と「通販会員数」が使えることが確認できたので、この2つのデータ用いて、Excelの「統計関数」により2019年2月のコール数を予測します。 「統計関数」は、コール数に相関関係のある要因の数によって、以下の3つを使い分けます。 - FORECAST関数: 相関関係のある要因が1つ(ここでは「カタログ発行部数」)の場合 - TREND関数: 相関関係のある要因が複数(ここでは「カタログ発行部数」と「通販会員数」)の場合 - GROWTH関数: 相関関係のある要因がなく(使わず)、コール数のヒストリカルデータのみを使って予測する場合 いずれの関数も、Excelの「関数の挿入」のダイアログ内のリストから選択し、こちら(FORECAST関数、TREND関数、GROWTH関数)の解説ページにしたがって、表1のヒストリカルデータの必要な数値を入力し実行します。表3がその結果となります。 ◆ コール数予測の大本命――「時系列分析」 さまざまな予測手法の中で、コール数予測の大本命といえるのが「時系列分析」です。 現状、世界中のコールセンターで最も多く使われており、WFM(ワークフォース・マネジメント)のソリューションが提供する予測アルゴリズムも、大半が時系列分析をベースに作られています。 統計学の専門知識がなくても実践できる最も正確な手法という点で、コールセンターの中長期のビジネスプランや年間計画、予算策定などのオフィシャルな予測作業に最適なのがこの方法です。 「時系列分析」は、ヒストリカルデータをベースに、コール数の長期的な変動の傾向をあらわす「トレンド要因」と、月ごとの短期的な増減を示す「季節要因」による影響を加味して予測値を求めるもので、7つのステップによりおこないます。 表4に、2017年と2018年のヒストリカルデータをもとに、2019年の月次のコール数の予測を求める事例を表しました。上から2行目の括弧付き数字は、下記の7つのステップ番号に対応していますので、照らし合わせながらご覧ください。 なお、各ステップにおけるExcel上の計算式は、こちらの解説ページから表4のExcelサンプルファイルをダウンロードして確認できます。 (1)ヒストリカルデータを用意する:「時系列分析」による予測の単位は月次が基本です。そのために過去2年間の月次のヒストリカルデータを用意します。なお、前回の記事で述べたように、ヒストリカルデータはしっかり検証した上で利用します。 (2)「トレンド要因」を算出する: コール数の長期的な変動傾向(右肩上がりか、その逆かなど)を「トレンド要因指数」として数値化します。表4の例では、2018年のコール数は、平均すると毎月1.8%(=0.018)づつ増加したことを示しています。 (3)「トレンド要因」の影響を除去する: コール数の短期的(月ごと)な増減の要因である「季節要因」を算出するために、2018年のコール数から「トレンド要因」による影響を取り除きます。 (4)「季節要因」を算出する: (3)で「トレンド要因」の影響を取り除いたことで、「季節要因」の影響だけが残り、月ごとの純粋な増減があらわになります。その増減の度合いを「季節要因指数」として数値化します。 (5)「トレンド要因」を反映する: 「トレンド要因」を除去したことで増減の傾きがなくなったコール数に、あらためて「トレンド要因」を反映させて、長期的な傾向(毎月1.8%づつの増加)による傾きを復活させます。 (6)「季節要因」を反映する=2019年の予測コール数を算出する: さらに「季節要因」を反映させて、月ごとの増減傾向を加味します。その結果が、2019年の予測コール数となります。時系列分析自体はここまでです。 (7)ビジネスドライバーを反映する: 時系列分析により算出した2019年の予測コール数に、ビジネスドライバーによる影響を加味します。加味の仕方にセオリーはありません。表4の例では、(6)で求めたコール数に、最右列の要因ごとに予測した増減率を反映して、最終的な予測コール数を算出しています。 「時系列分析」による予測作業は以上で完了です。少々難解に感じる向きもあるかと思いますが、実際の作業としては、最初に表4の計算式を設定したワークシートを作成しておけば、その後は上記のステップを意識することなく、ヒストリカルデータを入力するだけで、即時に予測コール数を求められます。 ◆ 週次、日次、時間帯に落とし込む 「時系列分析」の予測の単位は月次が基本です。したがって、日常の運営(サービスレベルや生産性の管理、スケジューリングなど)に利用するためには、週次、日次、時間帯別に落とし込むことが必要です。 落とし込みの方法に決まったやり方はありませんが、最もポピュラーなのが「ファネルアプローチ」です。 「ファネル」(funnel)とは「じょうご」の意味で、月次のコール数という最も大きな単位を、じょうごの形状のように、週次、日次、時間帯と、順を追って小さな単位に絞り込んでいく方法論のことを表します。 表5にその事例として、時系列分析による2019年8月の予測コール数から、同月第3週の月曜日9:00~9:30のコール数を予測するプロセスを示します。 ファネルアプローチによる落とし込み作業を容易にするために、あらかじめ、ヒストリカルデータから各月の週ごとのコール数の分布比率、各週の曜日ごとのコール数の分布比率、各曜日の時間帯ごとのコール数の分布比率を算出しておきます。 そうしておけば、特定の日にちの時間帯別のコール数を、必要な時に迅速に求められます。 ◆ “勘と経験”に頼ったアバウトなマネジメントは終わりにしよう 今回は、コールセンターの管理者の皆さんが、統計学や数学の専門知識がなくてもできる業務量予測法について解説しましたが、Excelを使ったマニュアル作業であることに物足りなさを覚える方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、これが統計理論に基づいた基本の予測手法であり、Excelの限界(一般にコールセンターのワークフォースマネジメントにおいては、エージェント数700人が境い目と言われています)の範囲内であれば、日常のセンター運営から長期的ビジネスプラン策定に至るまで、問題なく利用できます。 一方、最近のWFMソリューションには、より高度な統計理論による予測のシミュレーション機能を備えているものも多く、Excelの限界を超える大規模なセンターや、本格的な統計学のレベルで予測精度を追求したい場合には、それらを利用することをおすすめします。 また、ニューラルネットワークなどAIのWFMへの応用の開発も進んでおり、近い将来、予測の精度向上や予測業務自体のワークロード削減をもたらすことが大いに期待されます。 いずれにしても、現状においては、“勘と経験”に頼った自己流のアバウトなマネジメントから脱却して、コールセンターの活動の質と生産性の向上を図るために、ぜひ今回説明した世界標準の予測手法を活用して、AIが導いてくれるであろう“次の時代”に備えておきたいものです。 Original: 2019年3月14日 - Last modified: 2022年1月14日
この記事はNTTコミュニケーションズ社が運営するビジネスマガジンサイト「Bizコンパス」(現在は非公開)に、「AI時代を生き抜く「本物」のコールセンター運営法」として連載した寄稿を、同社の許諾により転載したものです。なお、同サイトへの掲載時点とは異なる情報や文言表記について、オリジナルの内容を損なわない範囲で更新している場合があります。
0 コメント
あなたのコメントは承認後に投稿されます。
返信を残す |
サイトポリシー | プライバシーポリシー | 特定商取引に基づく表記 | Staff Only
Copyright © 2018 - 2022 コールセンターの教科書プロジェクト All Rights Reserved |